日本のスポーツ車 1960〜1990



第25回  ホンダ1300・99S
(H1300型)1969年


最高速=185km/h 0→400m=16.9秒
(5名乗車時:カタログ値)



ホンダ初の4ドアセダン。動力性能はピカイチだった。

 ホンダN360の衝撃的デピューでたちまち軽乗用車市場に地歩を築いた本田技研が、さらに小型乗用車市場への本格的な進出を狙って、1969年(昭和44年)5月から発売したのが独創的なメカニズムを盛ったホンダ1300である。
N360の登場からたった2年2カ月後であった。
 ボディは4ドア・セダンのみで、駆動方式はN360と同様のFF。
強制空冷のDDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング)システムを採用した4気筒、OHC1298ccのエンジンをフロントに横置きに搭載した。
このエンジンは1967年(昭和42年)9月のイタリアGPで優勝を飾ったホンダF1のRA300と基本的には同じもの、といわれる。
 このセダンにはシングルキャブで100PSを載せた77シリーズと、4キャブで115PS搭載の99シリーズがあり、最高速は77シリーズで175km /h、99シリーズでは185km/hと、いずれも1300クラスではケタはずれの動力性能を発揮した。
N360同様の高回転、高出力型エンジンを前面に押しだしての登場であった。
99Sはタコメーター、キャップなしのデザインホイール、砲弾型ミラーなど装備のスポーティ・モデルだが、エンジンは他の99シリーズ車と変わらない。
 抜群の動力性能で注目をあびたそのエンジンも発売から7カ月後の69年12月にはシングルキャブは95PSに、4キャブは110PSにそれぞれデチューンされている。
「中低速トルクを重視した手直し」がその理由とされたが、エンジンとシャシのマッチングに問題があった、という見方もある。
 1970年(昭和50年)2月、セダンをベースにしたファストバックの2ドアクーべを追加。
丸型2灯セダンに対してクーべは丸型4灯のデュアルヘッドを採用、2分割フロントマスクも精悍さをきわ立たせた。
シングルキャブ、95PS搭載車はクーペ7、4キャブ、110PS搭載車はクーペ9と呼ばれたが、空カ的にもすぐれたクーペ・ボディによって最高速はデチューンしたエンジンでもクーペ7で175km/h、クーペ9では185km/hをマークした。
セダンはエンジンのデチューンにともなって77系は170km/h、99系は180km/hにダウンしていた。
 70年11月、セダンはマイナーチェンジで4キャブの99シリーズを廃止、シングルキャブの77シリーズのみとし、車名もホンダ77と改められた。
クーペは半年ほど遅れて1971年(昭和46年)6月にマイナーチェンジ、セダンと同じフロントマスクのゴールテン・シリーズと、クーべの2分割グリルを残しだダイナミック・シリーズに変わった。
エンジンはダイナミック系の最上級グレードのみに4キャブ110PSを残したほかは、すべてシングルキャブのエンジンとなった。
 ハイパワーとハイスピードで注目を浴びたものの、売れゆきは低調で、車名もめまぐるしく変わったホンダ1300だったが、1972年(昭和47年)11月にはエンジンを水冷、4気筒、OHC1433ccのEB5型に換装、丸型ヘッドを角型に改めるなどデザインも一部手直した、セダン、クーペにこれを載せ、車名もホンダ145と改称して再スタートした。
EB5型はこの年の7月から発売されたシビックのEB1型1200のスケールアップ版で、一転して低回転、低出力型となっているのが注目された。
 EB5型はシングルキャブで80PSが中心だが、高性能モデルのクーペF1にのみメカニカル式噴射で90PSを搭載した。
この145も人気はいまひとつで、1973年(昭和48年)11月にセダン、1974年(昭和49年)11月にはクーペの生産が打ち切られた。
シビックが生まれるための前駆的モデルともいえた。
 画期的な空冷F1エンジンはレースでは悲劇的な結末に終ったが、空冷エンジンでスタートしたホンダ1300もヒットモデルとはなりえなかった。
奇妙な運命の符合だった。



外観はごくフツーの4ドアセダン。
しかし、動力性能はピカイチだった。
いかにもホンダらしい中身の濃い車だった。
スチールホイールの上にホイールカバーをかぶせる、というのが主流だったが、1300ではそれをやめデザインホイールにした。 当時のスポーツカーの主流ともいえる木目を多用したメーター廻り。大型の3連メーターを配し、内1コには各ギアの守備範囲を表示。


主要諸元 ホンダ 1300・99S

エンジン
発売当初のエンジン出力は115PSもあった。ケイヒンキャブを4連装し、工ンジンオイルはドライサンプ方式だ。
これがオイル冷却部(ドライサンプ)。工ンジンオイルはここで冷却され、再びエンジン内にもどされる。
 エンジン 
   種類/型式
   ボアxストローク
   総排気量
   圧縮比
   最高出力
   最大トルク
   燃料供給装置
   燃料タンク容量
 トランスミッション
   型式
   変速比 1/2/3
         4/5/R
   最終減速比
 シャシ
   ステアリング
   サスペンション    前
               後
   ブレーキ       前
               後
   タイヤ
 ディメンション&ウェイト
   全長x全幅x全高
   ホイールベース
   トレッド     前/後
   最低地上高
   室内長x幅x高
   車両重量
   乗車定員
 車両価格(当時)
        68.0万円

直4・SOHC/H1300E
74.0x75.5mm
1296cc
9.0
115ps/7500rpm
12.05kgm/5500rpm
キャブレターx4
45リットル

4MT
3.446/2.014/1.367
1.000/−.−−/3.692
4.340

R&P
ストラット/コイル
リジッド/リーフ
ディスク
LTドラム
6.2H13−4PR

3885x1465x1345mm
2250mm
1245/1220mm
175mm
1670x1220x1130mm
B95kg
5名
広告
発売と同時に展開された広告ぺージ。耐寒テスト、耐熱テストなどのカットが折り込まれている。
ちなみに77スタンダードの価格は48.8万円、99Sで68万円だった。ホンダF1をコピーしたような高性能エンジンを搭載したモデルがこんな価格で買えた(重量税・取得税・消費税なんてものはなかった)いい時代だった。

当時のインプレッション

京浜製の4連キャブレターと、ドライサンプというレーシングカーのようなスペック、そしてわずか1300ccながら当時としては驚異的な115psを絞り出していた1300・99S。
独特なクロスビームリアサスペンションを持っていたが、フロントヘビーは隠しようも無く、とてつもないアンダーステアのモデルだった。
それでも直線で8000rpmまで伸びるエンジンの威力はとても1300とは思えないパワフルなもので、乾いたエンジン音はドライバーの心を酔わせた。

エピソード
エンジンはあのF1マシンのコピーだった
ホンダの小型乗用車市場への本格的参入となったのが1300セダンである。F1マシンRA300と同じ手法の強制空冷工ンジン、クロスビーム式リアサスなど独白の先進技術を満載したが、先進すぎで販売は今ひとつ。クーペの方は精悍なイーグルマスクや航空機風のコックピット(運転席)が若者に受け、やや需要を伸ばした。ホンダは次のシビックでシンプル路線に切り替え、再度、小型乗用車市場への挑戦状を叩き付けることになる。

バリエーション
1969年5月 1300・77S
99シリーズと同時に発表された77シリーズSタイプ。
外観上の違いは角型ヘッドとデザインホイールカバー。
エンジンはシングルキャブ仕様で最高出力は100ps、最高速は175km/hだった。
1970年2月 1300クーペ9
4ドアセダンとしてデビューしたホンダ1300は翌年2月にはクーペバージョンを発表。トンビのくちばしのようにとんがったフロントグリル、4灯ヘッドライトはセダンのイメージをガラリと変えるものだった。Sタイプのエンジン出力は110psに落とされていたが、最高速は185km/hとセダン99Sと変わらなかった。
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